『ウィキッド』は2003年に初上映されて以来ニューヨークのブロードウエイやロンドンのウエストエンドでロングラン上映されている名作ミュージカルです。日本でも2025年に映画『ウィキッド 2人の魔女』が公開され、今年3月には続編『ウィキッド 永遠の約束』公開されたので、映画館でご覧になった方も多いと思います。
『ウィキッド』には数々の印象的な台詞がありますが、「すべては、あなたがどう見るか次第なのよ(It’s all in which way you look at it.)」は私にとって最も印象的な台詞です。
物語の主人公エルファバは、周囲からの偏見や思い通りにならない環境に翻弄されながらも、自分の運命を切り開いていく。そして『Defying Gravity(自由を求めて)』で”I’m through accepting limits ‘cause someone says they’re so.” (誰かが「それが限界だ」と言うからといって、それを受け入れるのはもうおしまい。)”Some things I cannot change, but till I try, I’ll never know!” (変えられないこともあるかもしれない。でも、やってみるまでは分からないわ!)と歌う場面は誰の胸にも残る印象的なシーンだと思います。
最近公開された続編でも、思いを寄せるフィエロがエルファバの肌の色や世間の評判を気にせず、「君は美しい」と伝えた時に”It’s just a matter of perspective, isn’t it?” (それはただの「見方」の問題でしょ?)と優しく少し自嘲気味に返しています。
私は、この「視点の問題(a matter of perspective)」という考え方は、困難や病気など思い通りにならない日常に向き合った時に大切なヒントを与えてくれると思います。
「視点によって正解が変わる」ということを象徴する、最近のわかりやすいエピソードは、 高市早苗氏が放った「働いて、働いて、働いて」という言葉です。
この言葉を聞いたとき、ある人々は期待や希望を感じて、前向きな気持ちになったといいます。しかし一方、過労で大切な家族を失った経験を持つ人にとっては、その言葉は消えない痛みや憤りを呼び起こす、辛い発言として受け止められました。
ここで大切なのは、どちらかが正しくてどちらかが間違っている、ということではありません。「働く」という同じひとつの事象であっても、立っている場所や抱えている背景によって、見える景色が180度異なってしまうという事実を理解しあえることだと思うのです。
これは、病気との向き合い方にも同じことが言えます。 生涯付き合っていく必要のある慢性疾患に罹患したとき、まず最初に「自由が奪われる」「人生の障害」という視点からその事実を眺め、「なぜ自分が」「どうして思い通りにいかないのか」という憤りを感じるのも、当然のことでしょう。
しかし、ここで一度、視点をスライドさせてみてほしいのです。
古来、日本に伝わる「一病息災」と言う言葉からも分かるように、病気を「自分を苦しめるだけのもの」とみるだけでなく、「立ち止まって体をいたわるよう教えてくれているサイン」だと捉えることが出来たなら、食事の工夫や日々の服薬は、自分を縛る「制限」ではなく、「明日をより良く、健やかに過ごすためのセルフメンテナンス」というポジティブな意味を持ち始めます。
『ウィキッド』の劇中、エルファバは「角度を変えて見る」ことで、世間からの評価に縛られない自分自身の真実を見出していきました。
病気と共に生きることも、「失ったもの」や「思い通りにならないこと」への憤りから少し視線をずらしてみると、今まで当たり前だと思っていた日常のありがたさや、自分の体を大切に扱うことの心地よさに気づくことができるかもしれません。
そして・・・以前に感じ方や考え方の違いですれ違ってしまった人達とも、視点を変えて見つめなおすことで、いつか理解し合える未来が来ることを信じたいと思うのです。